社会心理学は、私たちが生活している社会における様々な問題を取り上げ、研究をしている分野です。
そのため、実際に発生した事故や事件などからインスピレーションを受けて研究が進められたものがあります。
1964年3月13日、アメリカニューヨーク州クイーンズ郡キュー・ガーデン地区で発生した殺人事件、通称、キティ・ジェノヴィーズ事件が傍観者効果の研究のきっかけとなりました。
この地区に住むキティことキャスリーン・ジェノヴィーズが、帰宅途中であるキュー・ガーデン駅の近くで暴漢に殺害されたのですが、その後のニューヨーク・タイムズによる報道では、彼女は大声で助けを求めたが、近所の住人は誰ひとり警察に通報しなかったという事実が判明しました。
暴漢に背中をナイフで刺された際、ジェノヴィーズは悲鳴を上げたところ、アパートの窓に明かりがともり、1人の住人が窓を開け、ジェノヴィーズを離すよう怒鳴りました。
そのため、犯人は住民を見上げ、肩をすくめると、ジェノヴィーズから離れ、自分の車まで歩いて行きました。
しかし、窓の明かりが消えると、犯人はまた向きを変えて、自分の部屋に帰ろうとしたジェノヴィーズを再度刺しました。
ジェノヴィーズは再び叫び声を上げると、建物の明かりが灯り、犯人は自分の車に乗って立ち去りました。
しかし、その後、犯人はジェノヴィーズの下へ再び戻り、首などを刺す致命傷を負わせました。
その後、同じアパートに住む男性が警察に通報したものの、彼女はすでに亡くなっていました。
この事件は後の2015年にキティの弟が当時の目撃者を訊ねて話を聞いて歩くドキュメンタリー映画『38人の沈黙する目撃者』として公開されました。
目撃者は38人とされており、様々な証言が取り上げられるものの、実際の警察記録とは異なっているなど、多くの問題提起をする内容となっています。
このキティ・ジェノヴィーズ事件において「なぜ、38人もの多くの目撃者の誰1人として、彼女を直接助けなかったのか?」という疑問が起こりました。
そこで、この現象を実験室実験として検討したのが、心理学者のラタネとダーレーです。
彼らは、援助すべき緊急事態に出くわしている他者(例:暴漢に襲われているキティ)を目撃している人が多数いるのにもかかわらず、介入が起こらない原因を追求しました。
その中で、以下のような要因が傍観者効果を引き起こすことが判明しました。
複数の人間がある事象に対する責任を負うと、各自に責任が分散され、各自が感じる責任が、一人だけで責任を負う時よりも軽くなってしまう。
援助が必要とされる事態に複数の人間がいることを認知すると、介入に対する責任・非介入に対する非難が各自に分散され、一人でその事態に直面している時よりも介入が抑制される。
集団や社会の成員が互いに自分の公的行為は自分の感情や意見と一致していないと思うにもかかわらず、他の人の公的行為は当人の感情や意見を反映したものだと推測してしまうという現象。
全員が互いに各自の私的な感情や意見を知らないために起こる認知状態であるとされている。
何らかの事柄の傍観者各自は、自分が最初に過剰反応して恥ずかしい思いをするのを恐れて介入しないが、他の人が介入しないのは、その事態が介入を必要としない事態だと解釈してしまう。
他者の評価を気にしてしまうことで発生する心理的・行動的な現象。
傍観者効果においては、警察への通報や被害者 – 加害者の間に割って入るという行動が否定的に評価される(例:大袈裟・余計なお世話など)ことを嫌がり、意識的に行動を変えてしまったりすることを指す。
このように傍観者効果は、殺人事件の目撃というような極端な例ではなくても、私たちの日常生活で発生する可能性の高いものであると考えられます。
そして、実は恐ろしいことに、キティ・ジェノヴィーズ事件の犯人は、事件前から同様の犯行を繰り返す中で、感覚的に傍観者効果を理解していたらしく、早々に住人に発見されたにも関わらず逃げなかった理由について「発見者はすぐ窓を締めて寝るだろうと思ったし、その通りになった」と供述していたのです。
心理学者が実験室実験で明らかにした事柄を、犯罪者が既に理解し、犯罪に利用していたというのは、非常に興味深いと言えるでしょう。
傍観者効果については、こころ検定1級(メンタルケア心理専門士)のテキストである精神予防政策学の第1章で概観していますので、興味・関心のある方は、是非、勉強してみていただければと思います。
この記事を執筆・編集したのはTERADA医療福祉カレッジ編集部
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