ルートヴィヒ・ビンスワンガーは1881年4月13日生まれのスイスの精神科医・精神分析家です。
ビンスワーガーは精神科医のオイゲン・ブロイラーの下で学び、その過程でユングやフロイトとも交流がありました。
ビンスワンガーは1907年にチューリッヒ大学で医学の学位を取得しました。
医学生のインターンとして活動している際、ビンスワンガーはジグムント・フロイトの下で精神分析を学びました。
しかし、ビンスワンガーはフロイトが強く提唱する精神分析の生物学的傾向に疑問を抱き、1920年前後から哲学者のフッサールが提唱する現象学に興味・関心を抱きました。
現象学における「現象」とは意識に現れるものを指す用語であり、日常的・暗黙の内に何らかの解釈が加えられた意識的経験ではなく、そのような習慣的な思い込みをすべて分離し棚上げにした状態(判断停止)の後になお残っている意識の純粋な現れ方のことを意味しています。
このような根源的な経験を得て、さらにその本質あるいは意味を直観的に把握して、あるがままに記述しようとする方法や態度のことを現象学的還元とよびます。
そして、このような過程を通して、日常的な経験やものの見方を成立させる基盤や、学問的認識における正しさの意味や学問的認識の価値、さらには意識をもつ人間の本質的な在り方あるいは生存の意味などの解明を目的とする学問分野が現象学なのです。
この現象学に興味を持ったビンスワーガーは、1927年に哲学者のハイデッガーの実存主義哲学の著作を読み「現存在(実存)分析」という考え方を志向することになりました。
そのため、ビンスワーガーは現存在分析の創始者として有名です。
現存在分析の核となる考え方として、人間は本来、世界内存在とよばれる「他者との関係において初めて成り立つという人間観」があると定義しています。
この世界内存在という概念は、ドイツの哲学者であるハイデッガーが提唱したものです。
世界内存在とは、人間存在の基本的あり方を現象学的に記述する際に用いた用語であり「世界の中に投げ込まれ、この世界と関わりをもちながら生きている人間存在」という意味になります。
これは世界がまずあり、そこに人間が投げ込まれるという二者関係を意味するのではなく、人間の存在様態として「すべてに先立って、世界と関わりをもちながら、世界と分かちがたく、世界の内に存在している」という基本的事実があることを示しています。
ハイデッガーの哲学に依拠するビンスワンガーの現存在分析では、この根源的な人間のあり方に基づき、患者・クライエントがどのように世界と関わり、その関わりによって、世界がどのような意味をもって彼に現前しているのかを分析するというものです。
これは、一般的な精神分析において、クライエントはカウンセラーの対象として対立的に捉えられる傾向が強いのに対し、現存在分析では、クライエントとカウンセラーは世界を共有するパートナーと捉えられるというものです。
また、カウンセラーはクライエントの言動を解釈するというよりも、クライエントの世界をクライエントの観点から理解することが強調されます。
ビンスワーガーはこのように精神分析の新しい形を提唱し、その過程で様々な著作を刊行しました。
代表的なものとして『精神分裂病』『夢と実存』『現象学的人間学 講演と論文』『フロイトへの道』『うつ病と躁病 現象学的試論』などがあります。
これらの著作はビンスワーガーが提唱した現存在分析だけでなく、そのプロセスとなった精神分析や現象学に関するものも含まれており、ビンスワーガーが幅広く研究・実践を進めていたことが分かります。
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