心理学の応用分野に宇宙航空心理学というものがあります。
宇宙航空心理学とは、宇宙空間における人間の行動を閉鎖された環境下における行動特性として捉え、研究・調査を進めるというものです。
宇宙航空心理学は非常に応用的な分野であり、大学・大学院等でも学ぶ機会が豊富な分野ではありませんが、人類が宇宙に進出していく未来において、非常に重要な分野として注目されています。
宇宙空間におけるスペースシャトル等の中は、非常に小さな重力の環境下で人間は活動することになります。
知覚や作業時の眼と手の協応動作、あるいは眼と身体各部等との協応運動は地球上の重力(1G)の場合とは異なるということが想定されます。
協応とは、知覚系と身体運動系の協調によって、知覚とこれに基づく行動の結果がよく対応し環境に適応的となることを指します。
地球上で普通に生活する際には、ほとんど気にならない知覚と運動の協応ですが、宇宙空間では重力が小さいことが影響し、知覚される出来事・物事と運動の対応を崩れてしまうわけです。
しかし、長期間の宇宙での生活によって、人間は次第に宇宙空間における生活に順応していくことになります。
順応とは、一般に生活体の内的状態・機能・構造を与えられた環境条件に適合させ、バランスを保つ過程のことを指します。
心理学では大きく感覚的順応と社会的順応の2種類の順応が区別されます。
感覚的順応とは、持続的な刺激の呈示により感覚細胞の応答の変化が生じ、刺激閾が上昇し感覚機能の応答性が低下し、感覚の強度・性質・明瞭性が弱まり、顕著な場合は感覚が消失に至ることを指します。
感覚順応には視覚的順応、聴覚的順応、皮膚感覚の順応、温刺激に対する順応などがあります。
また、社会的順応は、適応と同じ意味で用いられることが多く、社会的環境・文化的環境への適合的な行動や態度をとることを指します。
宇宙空間での生活における順応は主に前者の感覚順応に関するものであり、どのように人間が順応していくのかという過程を心理学的に検討することが重要となります。
たとえば、非常に小さな重力の下で視覚的安定性がどの程度維持されるかについては、その耐性と可塑性を検討するため眼球運動と筋活動によって測定することができます。
また、非常に小さな重力下では地上では見られない錯覚が観察されることが分かっています。
たとえば、軌道飛行中の機内で逆立ちして天井を歩くと、自分は正常位でパイロットが逆立ちして操縦しているという錯視が生じることが判明しています。
同様の条件で複数の搭乗員の逆立ちを見ると突然逆立ちから正立の印象に変わる錯視が生じることも分かっています。
これは客観的な座標よりも自己中心的座標の優位性を示すものとして注目されています。
他にも、非常に小さな重力下での重要な問題として“宇宙酔い”の問題があります。
宇宙酔いは薬物のみでは完全に抑えることができないため、視覚安定性と変換視(光学的変換装置により網膜像の色・形・大きさ・位置・方向・移動方向などが一定の仕方・程度で変換され、順応する時の視知覚および、視覚と他感覚との協調関係)の実験心理学的研究の成果を活用していくことが必要となっています。
今後、私たちが宇宙空間に広く進出し、もっと一般的な生活を送るようになった場合は、地球上の“社会”と宇宙空間の“社会”には、何らかの“差異”が生じると考えられます。
その場合は、宇宙空間における社会的順応についても研究を進めていくことになると考えられます。
このように、心理学は“人間が関わる時間・空間の全て”において重要な科学であるため、その対象は地球上に留まらず、遥か彼方の宇宙にも広がっているのです。
この記事を執筆・編集したのはTERADA医療福祉カレッジ編集部
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