心理学を題材にした映画には、どのようなものがあるのでしょうか。
心理学には様々な分野があり、これらの研究成果は私たちの興味・関心を引くものが多いです。
そして、心理学を題材にした映画というものも存在しています。今回はそんな心理学を題材にした映画や、心理学と映画の関係について解説していきたいと思います。
es(エス)は2002年に公開されたアメリカの映画です。
この映画では心理学の有名な実験である権威への服従に関するテーマを扱っています。
映画は、新聞記者兼タクシー運転手のタレクが、ある心理学の実験の参加者募集を知り、取材と報酬を目当てに実験に参加することから始まります。
その実験とは、大学の地下室に設置された擬似刑務所で、看守役と囚人役に分かれて2週間、生活を送るというものでした。
初めは和やかに実験がスタートしたものの、次第に看守役と囚人役が対立していき、看守役は権威を振りかざし、囚人役は権威へ服従する様子を見せていきます。
この映画の元となっているのは、心理学者のジンバルドーとミルグラムの行った実験です。
まずは、ジンバルドーが実施した実験ですが、これは映画とほぼ同じ内容になっています。
しかし、映画のように看守役と囚人役の間に権威への服従の関係性が大きくなり、様々な問題が発生するようになりました。
倫理的な問題が発生したため、結局、ジンバルドーの実験は中止となってしましました。
では、この実験を行ったジンバルドーとは、どのような人物なのでしょうか。
フィリップ・ジンバルドーはイェール大学で博士号を取得した後、ニューヨーク大学での講師を経て、1968年にスタンフォード大学の教授となった、非常に有能な社会心理学者です。
そして、スタンフォード大学の教授となってから3年後の1971年にジンバルドーは「スタンフォード監獄実験」を実施するのです。
ジンバルドーは、その研究成果から、多くの科学賞で表彰されたりもしています。
ジンバルドーの研究は映画のテーマにもなっている「スタンフォード監獄実験」が有名ですが、社会での暴力やカルトの社会的影響力、内気さの克服、記憶に関する時間的展望など広範囲の分野に及んでいます。
ジンバルドーの実施した監獄実験の研究倫理的な問題については、現在でも非常に注意すべきものであるとされています。
従って、心理学の分野では実験参加者に対する事前説明や実験途中での中止に関する条項などが明確に定められています。
しかし、特定の状況下において、権威への服従や没個性化などの現象が発生するのかという部分については、疑問点も発生しています。
2002年にオーストラリアのクイーンズランド大学とイギリスのセントアンドルーズ大学が共同で「スタンフォード監獄実験」の再現を実施しました。
この実験は英国放送協会(BBC)の協力を得て行われたことから「BBC監獄実験」とよばれています。
この実験では、権威への服従や没個性化などの現象は発生しなかったという結論が出ています。
映画のes(エス)に影響を及ぼした、もう1つの研究はスタンレー・ミルグラムが行った実験です。
スタンレー・ミルグラムは1933年8月15日生まれのアメリカの社会心理学者です。
ミルグラムはハーヴァード大学で博士号を取得した後、イェール大学、ハーヴァード大学を経て、1967年からニューヨーク市立大学の大学院センターの教授になりました。
ミルグラムがイェール大学時代に行った権威への服従に関する実験の研究は、個人の置かれる状況によっては、どんな人であっても反道徳的行動をとりうることを示し、様々な心理学関連の学術学会で数々の賞を獲得しました。
その後も、ミルグラムは都市生活における人間の心理を追求して、卓越したセンスで人の意表を突くような街頭でのフィールド研究をいくつも行いました。
ミルグラムは実験参加者を生徒役と教師役に分け、実験責任者が監 督役となる暗記課題に関する実験を実施するというものでした。
この実験では何も知らない本当の参加者は教師役だけであり、生徒役の参加者は事前に実験の内容を知っている実験協力者(サクラ)でした。
教師役は監督役である実験責任者から、生徒役が暗記課題でミスをした場合に電気ショックを与えるように指示されます。
ミスが増えるたびに電圧が上昇し、隣室にいる生徒役は電気ショックで苦しみ、叫んだり、壁を叩いたり「私は心 臓に持病があるんだ」と言ったりします。
もちろん、これらの行動は全て生徒役である実験協力者のお芝居であり、実際には電気ショックは与えられていません。
この実験の計画段階において、教師役の本物の参加者の多くは途中で監督役からの指示を拒否し、 生徒役に電気ショックを与えるのを中止するだろうという仮説が立てられていました。
しかし、実験の結果は仮説とは異なり、生徒役が苦しんだり叫んだりしても、教師役の参加者のほとんどは電気ショックを続行してしましました。
この実験の結果から、人間は権威を持つ人物 とのコミュニケーションにおいて、服従しがちで、どんな指示・命令でも受け入れて しまいやすいということが判明しました。
特にその傾向が顕著なのは、当人が権威や地位 への固執が強く、権威者へ強い敬意を持ち、少数派や権威の低い相手に対して差別的 な傾向がある権威主義的パーソナリティの人の場合であるとされています。
実験の内容は映画のes(エス)とは異なりますが、ミルグラムの実施した実験の結果は、映画の内容をなぞるものとなっています。
ミルグラムが実施した研究として、権威への服従に関する実験の他に「六次の隔たり」とよばれる現象に関するものが有名です。
六次の隔たりとは、全ての人や物事は6ステップ以内で繋がっていて、たとえば「友達の、友達の、そのまた友達・・・」というようにつなげていくと、世界中の人々と間接的な知り合いになることができるという仮説です。
これは、70億人を超える人口で構成される世界が比較的少ない人数を介して繋がるスモール・ワールド仮説の一例とされており、SNSに代表されるいくつかのネットワークサービスはこの仮説を基盤にしています。
危険なメソッドは2011年に公開された映画であり、この映画では精神分析学について取り上げています。
この映画の主な登場人物は、ジグムント・フロイト、カール・グスタフ・ユング、ザビーナ・ニコライエヴナ・シュピールラインの3人です。
では、これらの人物について、まずは紹介していきましょう。
1856年5月6日生まれのオーストリアの心理学・カウンセリング・メンタルケアの専門家であるジークムント・フロイト(ジグムント・フロイト)は精神分析の創始者として有名ですが、それ以上に神経科学や脳科学の専門家としても大きな功績を残しています。
それは、フロイトの学歴や職歴からもよく分かります。
フロイトはオーストリアのウィーン大学で心理学者のブレンターノと生理学者のブリュッケの下で学び、まず、医学博士の学位を取得しています。
そして、心理学と生理学、そして医学の知識を活かし、神経科学の専門家としてのキャリアをスタートさせました。
フロイトは神経科学の分野で多数の研究業績を残しています。フロイトの名前を聞くと、多くの人が心理カウンセラーや精神科医というイメージが沸くと思いますが、科学者(心理学者)としての活動がフロイトの基盤となっているのです。
これは、心理カウンセラーは科学者でなければならないという科学者-実践者モデルに沿ったものでもあり、100年以上前の時点で、フロイトは既に心理学者としての知識をベースに心理カウンセラー(精神科医)としての実践活動に従事していたのです。
フロイトがその後に精神分析の確立などの功績を挙げることができたのは、まず、大学で基礎心理学の知識を身につけ、研究者として博士号の学位を取得するという基礎知識や研究を重視した学歴があったからです。
フロイトは心理学と生理学を学び、医学博士の学位を取得した後、フランスのパリで精神科医のシャルコーが実施していた催眠の研究に参加したことから、催眠に強い関心を持つようになりました。
そして、催眠を精神疾患の治療に利用することができるのではないかと考えました。
特に当時、ヒステリーとよばれていた神経症の治療に催眠を応用することに力を注ぎました。
しかし、研究や実践の結果、催眠だけではヒステリーや神経症の治療には不十分であることが判明したことで、フロイトは無意識や性的葛藤、抑圧などに注目し、精神分析療法を確立し、多くの弟子を育成し、国際精神分析学会の発足に貢献したのです。
弟子の中には、後に分析心理学や元型(アーキタイプ)という概念を創始したユングなどがいます。
また、厳密には弟子ではありませんが、ジークムント・フロイト(ジグムント・フロイト)の末娘のアンナ・フロイトも精神医学の道に進んでいます。
アンナ・フロイトは当初、教育学を専攻し、日本でいうところの小学校教諭の資格を取得しています。
その後、父親と同じウィーンで精神分析の専門家としてのキャリアをスタートさせました。
アンナ・フロイトは、特に防衛機制の研究に従事しました。
そして、小学校教諭としての児童教育に関する知見を精神分析に分野にも応用し、児童分析という新たな分野を確立させました。
加えて、遊戯療法の確立にも大きな貢献をしています。
このように、ジークムント・フロイト(ジグムント・フロイト)は心理学・精神医学・神経科学の専門家として、新たな学問領域の確立だけではなく、学術団体の設立や、後進の教育など、様々な分野で活動していました。
ただし、当時も現在も、精神分析療法には様々な問題点が指摘されています。
現在、心理的支援の現場において、精神分析療法は治療の第一選択肢ではなくなっています。
しかし、精神分析は精神医学において重要なターニングポイントの1つであり、クライエントと対峙してコミュニケーションを取るという手法を最初に使用した手法として大きな意味があります。
そのため、精神分析は精神医学における第2の革命に位置付けられています。
カール・グスタフ・ユングは1875年7月26日生まれの、スイスの精神科医・精神分析家です。
ユングは1900年にバーゼル大学の医学部を卒業しました。
ユングを指導していたのはブロイラーやジャネであり、当時第一線で活躍している精神科医がユングの師匠でした。
特にブロイラーは統合失調症(※当時は精神分裂病)に関する研究を実施しており、ユングも統合失調症の研究や治療に従事しています。
その過程で、ユングはブロイラーから、オーストリアの精神科医であるフロイトについて教えられ、交流を持つようになりました。
その後、ユングはフロイトの勧めもあり、国際精神分析学会の初代会長に就任しました。
しかし、その後、ユングはフロイトと精神分析に対する考え方の違いから決別することになってしまいました。
元々、ユングはブロイラーの下で統合失調症の治療・研究に従事していたので、精神分析を統合失調症の治療・支援に応用することを目的としていました。
一方で、フロイトは神経症の治療・支援に精神分析を応用することを目的としており、両者の目的が異なっていたのも、対立を生む原因となりました。
フロイトとの決別の際の激しい葛藤やストレスの経験を基に、ユングは分析心理学を確立しました。
分析心理学は別名、ユング心理学ともよばれ、その中でユングは、内向型・外向型などの心理的な傾向、個人的無意識と集合的無意識、コンプレックス、元型(アーキタイプ)、相補性、個性化などの様々な概念を提唱しました。
ザビーナ・ニコライエヴナ・シュピールラインですが、この方は前述の2人と比べると、そこまで有名ではないかもしれません。
ザビーナは1885年11月7生まれのロシア出身の精神分析家です。
ザビーナは1904年に統合失調症(当時の名称は精神分裂病)と診断され、精神病院に入院することになってしまいます。
この精神病院で医師として勤務していたカール・グスタフ・ユングと出会います。
ここで、ザビーナがクライエント(患者)、ユングがカウンセラー(医者)という関係性になったわけですが、同時に2人は恋人同士の関係にもなってしまいました。
ザビーナは自身が発症した精神疾患と、それを治療した精神分析学に興味を持ち、退院後に勉強をして、スイスのチューリッヒ大学・医学部に入学しました。
そして、1911年には自分が発症した統合失調症に関する論文を提出して医学部を卒業しています。
ですが、この間もユングとの恋愛関係は続いていました。
ユングはザビーナがこの論文を執筆するにあたって指導教官的な立場でした。
つまり、2人は恋人同士であり、学生と教授の関係でもあり、医者と患者の関係性でもあったということになります。
結局、ザビーナとユングの恋愛関係は破局をむかえてしまいます。
そして、ザビーナは医学部を卒業した年と同じ1911年に、オーストリアのウィーンでジグムント・フロイト出会います。
フロイトはユングの師匠に当たる人物であることから、ザビーナはフロイトの孫弟子的な立場になるわけです。
そして、ザビーナはユングとの恋愛体験を精神分析学的な観点から研究し『生成の原因としての破壊』という論文を執筆しました。
危険なメソッドという映画は、ザビーナとユングのあってはならなない恋愛関係の顛末と、師匠と弟子の関係であるフロイトとユングの葛藤を描いています。
実は危険なメソッドが公開される前の2002年にも『私の名はザビーナ・シュピールライン』というドキュメンタリー映画がスウェーデンで作られています。
それだけ、ザビーナを取り巻く人間関係や精神分析学という手法が注目を集めていたということになるかと思います。
映画と心理学の関係について、比較的な有名なものに「クレショフ効果」とよばれるものがあります。
クレショフ効果(Kuleshov Effect)とは、旧ソビエト(ロシア)の映画作家・映画理論家のレフ・クレショフが実験の結果明らかにしたものです。
この実験は1922年に全ロシア映画大学の学内で実施されました。
クレショフ効果とは、1つの映像が映画的にモンタージュ(編集)されることによって、その前後に位置する他の映像の意味に対して及ぼす影響のことを指します。
映画は最初期の頃は映像のみで音声がないサイレント映画が主流でした。
そして、今では当たり前となっている字幕やCGなども、最初の頃はありませんでした。
また、現在と比較すると映像は不鮮明でもありました。クレショフ効果の実験が実施された1922年は映画が誕生してそれほど時間が経過しておらず、現在と比較すると映像の精度は低く、情報量も非常に少ないものでした。
にもかかわらず、クレショフの実験では映像が人間の心理に多大な影響を及ぼすことが判明したのです。クレショフが実施した実験は以下のようなものでした。
実験(1)、実験(2)、実験(3)の違いは「3つの連続したカットのうち、2つ目のカットが異なる」という部分のみです。
その前後に見せられるイワン・モジューヒンの無表情のカットは全く同じものです。
しかし、(1)、(2)、(3)では、参加者のモジューヒンの無表情な顔に対する感想は全く異なっていました。
実験(1)では、参加者はモジューヒンの無表情な顔に対して「空腹」という意味を感じたと回答しました。
実験(2)では、参加者はモジューヒンの無表情な顔に対して「悲しみ」という意味を感じたと回答しました。
実験(3)では、参加者はモジューヒンの無表情な顔に対して「欲望」という意味を感じたと回答しました。つまり、全く同じ表情であっても「間に挟まるモノ」が違うだけで、映像から受ける印象が変わってしまうということなのです。
さらに、実験で使用した映像には音声もなく、字幕による説明もありません。
また、本当の映画のようにストーリーもない非常に短いものなので、情報量は非常に少なく、無表情の顔に対するイメージの手掛かりとなるものはほとんど存在しないわけです。
しかし、私たちは単純な映像からも「意味」を見出し、自身の解釈や感情をそこに乗せていくことになるのです。
クレショフ効果の実験は参加者の多くが同じ「意味」を見出すことから、映像の編集を工夫すれば、音声や字幕、事前の説明などがなくても、みんなが同じ感想を持つという大前提が分かり、それはあらゆる映画に活用されています。
いかがだったでしょうか。心理学は科学的な分野であると同時に、私たちの興味・関心を引くようなものが多いのです。そして、魅力的な心理学の研究成果を映画として、エンターテイメントに昇華するということも多く実施されているのです。
この記事を執筆・編集したのはTERADA医療福祉カレッジ編集部
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